『量子コンピュータが人工知能を加速する』まとめ

どんな本か?

日本の量子コンピュータ研究の第一人者が、量子コンピュータについて専門知識がない人向けに解説した本。
出版は2016年だが、知識がない人に向けてよくまとまっている。単に理論だけでなく、最近のビジネスの動きも同時に解説されている

第1章 「1億倍速い」コンピュータ

2015年12月に、カナダのD-Waveシステムズの量子コンピュータの性能が、従来のコンピュータに比べて1億倍高速であると発表された。

従来のコンピュータ:「0」と「1」のデジタル信号(ビット)によって処理を行う。

量子コンピュータ量子力学の特徴を使い、「0」と「1」の両方を重ね合わせた状態をとる「量子ビット」を使って計算をする。

  • 「量子ゲート方式」:従来から長年研究されてきた技術。汎用的なコンピュータを目指しているが、商用化にはまだ遠い。
  • 量子アニーリング方式」:カナダのD-Waveが商用化した、新しい方式の量子コンピュータ。「組み合わせ最適化問題」に特化して計算できる。(将来的には汎用化)

組み合わせ最適化問題:宅配ドライバーがどのようなルートで回ると効率が良いかといった問題(「巡回セールスマン問題」)。カーナビや化学構造分析、機械学習に応用できる。

量子アニーリング方式とは:「自然現象を借用したアルゴリズム」(例:遺伝的アルゴリズム、シミュレーテッド・アニーリングなど)の一つ。アニーリングとは「焼きなまし」という意味で、金属を高温にしてからゆっくり冷やしていくと構造が安定する、という現象。従来型のコンピュータでもこれをシミュレーションして最適化問題の近似解を得てきたが、「量子焼きなまし現象」を使うことでより高速により高い確率で解を得る。

D-Waveはどのように計算しているのか?:ニオブ製の回路を絶対零度まで冷やすことで、右回りと左回りの電流が同時に存在する状態になる。これが「0」と「1」の2つの状態が重ね合わせになっていることを意味する。このような量子ビットを利用して量子ビット間の相互作用を及ぼす「イジング模型」(3章で詳しく解説)を作る。組み合わせ最適化問題をこのイジング模型の基底状態(最もエネルギーが低い状態)を探す問題に置き換えることで近似解を得る。

第2章 量子アニーリングマシンの誕生

量子コンピュータの理論自体は1965年にファインマンにより提唱されていた。
量子コンピュータが近年注目される大きな理由は2つ

しかし、量子ゲート方式での量子ビットで実現する「0」と「1」の重ね合わせ状態は、僅かなノイズにより簡単に壊れてしまう。
=>数個の量子ビットを含むものしか作れず、実用段階には至らない。

量子アニーリングの理論は1998年に著者の西森と門脇により発表された。
D-Wave社は1999年にジョーディー・ローズらにより設立され、当初は量子コンピュータ関連の知財や量子ゲート方式の研究をしていたが、うまくいかなかった。
2003年にローズはエリック・ラジンスキーと出会い、ニオブの超伝導リングを使った量子コンピュータの作成に着手する。
そこで、西脇らとは別に量子アニーリングを研究していたMITのセス・ロイドらの協力のもと、量子ゲート方式ではなく量子アニーリング方式を採用する。
2007年に16量子ビットのチップが完成。
2011年に航空機などの開発をするロッキード・マーティン社が128量子ビット「D-Wave One」を導入。
2013年にグーグルとNASAが共同でD-Waveを導入。
グーグルも独自に量子コンピュータを研究し、2014年からは量子ゲート方式のハード開発を始め、2016年には量子アニーリング方式も開発。
アメリカ政府も情報先端研究プロジェクト活動(IAERPA)により2016年から量子アニーリングの研究に着手する。

第3章 最適化問題の解き方と人工知能への応用

アニーリングとは:「焼きなまし」の意味。焼きなましとは、金属の温度を上げた後、ゆっくりと冷やすことで内部を均質化させるための処理。
=>焼きなましを数学的なモデルにしたものを「イジング模型」という。
=>組み合わせ最適化を、イジング模型の基底状態を探す問題に置き換えることで解くことができる。
例)巡回セールスマン問題の場合:ビット格子状にならべ、横軸を訪問すべき地点、縦軸を順番とする。訪問した箇所を「1」、訪問していない箇所を「0」で表す。1つの行には「1が1つしか入らないようし(一度に行ける場所は一箇所)、1つの列にも1が1つしか入らないようにする(同じ場所には2回以上いかない)。地点間の距離は相互作用の強さで表す。例えばA地点とB地点が近いのならば、Bを表すビットから、その次の行のAを表すビットの相互作用を強くする。
ビットの数と相互作用を設定した後、計算を行う。それぞれの値にゆらぎを与えるなどして不安定な状態にした後、段々とゆらぎの影響を弱くして相互作用を強くすることで、全体の経路が最適化された状態に落ち着くようになり、これが答えになる。
セールスマン問題以外の組み合わせ最適化問題もこのイジング模型に落とし込むことによって計算できる(例:4色問題など)

従来はイジング模型において、温度を変数として熱をによりゆらぎを与える(シミュレーテッド・アニーリング)ことで近似解を得てきた。
=>量子アニーリングでは、熱による「0」か「1」かのゆらぎではなく、量子的な「0」と「1」の両方の可能性を持った重ね合わせの状態を使うことでゆらぎをあたえる。それにより、シミュレーテッド・アニーリングでは近似解(局所解)になってしまう場合でも量子トンネル効果によって厳密解を得ることができる。 =>D-Waveは上述の超伝導リングを使うことで「0」と「1」の状態を使えるようにした。ただ、現実には8つ量子ビットがユニットを組むようになっているが、他のユニットととのつながりが限定的になっていることにより、実用的な問題がときにくくなっている(キメラグラフ問題)

現在第三次AIブームが起きていおり、機械学習、深層学習が成果を上げているが、ここに量子アニーリングを用いることが可能である。

第4章 量子コンピュータがつくる未来

北米ではハードだけでなくソフトでもベンチャーがいくつか出てきている。
例)1QBit:カナダの金融ポートフォリオ最適化、スケジュール最適化などのソフトウェアを開発

量子コンピュータの利点

  • 「1億倍速い」処理速度:ただしどのような問題だと性能が出るのかが現在の研究テーム
  • 低消費電力:スーパーコンピュター京の500分の1程度の電力消費
  • 人工知能の加速:人工知能が応用できる、画像分析・自動運転・医療・法律など

第5章 量子の不思議な世界を見る

量子力学とは:非常に小さな世界での物理学。普通の大きさの世界を扱う「古典力学」とは常識が違う。
例)電子は「波」と「粒子」の両方の性質を持つ(二重スリット実験)。2つの状態が同時に重ね合わさる(シュレーディンガーの猫)。不確定性原理

その中の1つに量子トンネル効果がある。
壁の向こうへボールを投げる場合、相応の速さがないとボールは壁を超えてくれない。

小さな粒子の振る舞いを調べると、ごく僅かな確率で「超えるべきエネルギー」を出し抜いて壁の向こうへと行ってしまう。(量子トンネル効果)

量子アニーリングではこの量子トンネル効果を利用している。
シミュレーテッド・アニーリングの場合は最適化を探すために予め十分なエネルギーが必要だが、 量子アニーリングではトンネル効果を使って正しい解へと移動することができる。
この量子トンネル効果をいかに使えるかが量子アニーリングマシンでパフォーマンスが出るかの鍵となる。
「1億倍速い」性能がでたのも、量子トンネル効果が起こりやすい問題を解いたからこそ。

量子アニーリングマシン以外でも研究がすすでいる。
2015年にはグーグルが誤りを訂正する機能を備えた9量子ビットコンピュータを開発

第6章 日本が世界をリードする日はくるか

量子アニーリングについて、ハードでは北米が圧倒的に進んでいる。
一方で、量子アニーリングについてはソフト面ではまだまだわからない部分がたくさんある。
量子コンピュータ自体はまだまだ試作段階、D-Waveを使っている企業でも4, 5年後を見据えて投資している。